SEOUL · JEONGDONG
徳寿宮の中
一層の正殿の前に立ってみる午後
石垣道を歩き、上から見下ろした。今度は大漢門を抜けて中へ入る。

行き方
出口番号は宮陵遺跡本部の案内によるもので、距離・時間は地図の経路計算値です。
一回目でエレナは徳寿宮の塀を外から沿って歩き、四回目には13階の窓辺からその塀を線として見下ろしました。四回のあいだ、塀はいつも外側でした。今日はその塀の内側へ入ります。大漢門を抜け、橋を渡り、もうひとつ門を抜けて、庭に立ちます。
徳寿宮は朝9時から夜9時まで開いていて、月曜日は休みです。エレナは午後を選びました。一回目に塀の下を歩いたのと同じ時間に、今度は塀の中にいたいからです。切符は大漢門の前で買います。今日行く場所はひとつ。正殿である中和殿の前の庭です。
今日の問いもひとつです。エレナが画面で見慣れた宮殿は、たいてい大きくて高いものでした。カメラは下から上へ正殿を見上げ、人はその前で小さくなりました。ところが徳寿宮の正殿は一層です。画面が見せたことのない低い正殿の前に立てば、何がこの建物を宮の真ん中にしているのか分かるでしょうか。
大漢門で — 初めての門の内側
大漢門は徳寿宮の正門です。本来の正門は南側の仁化門でしたが、東門の大安門の周りが新しい都心になるにつれて正門の役割を担うようになり、1906年の修理で今の名前になりました。もとは約33m前にありましたが、1970年代の太平路の拡張で現在の位置に移され、門の内側の禁川橋は1986年に発掘・復元されました(宮陵遺跡本部)。
市庁駅の2番出口を出ると、大漢門がすぐ見えます。一回目にエレナはこの門の前で左へ折れて、塀に沿って歩きました。今日は折れません。入場の手続きを済ませて門の下を抜けます。門を抜けるのにかかるのは数歩ですが、四回のあいだ外にいた人には、その数歩が長い。 地図で探す

この門について宮陵遺跡本部が書いていることがひとつあります。大漢門はもともと今の場所より約33m前にあり、1970年代に大通りを広げるときに今の場所へ移されました。エレナは門を抜けてから振り返ります。門の外の大通りは、一回目に見たあの道です。門が後ろへ下がった分だけ、道が前に出てきたということです。
門の中には小さな石橋があります。禁川橋。1986年に発掘して復元したものだと案内に書いてあります。この場面では水は見えず、石の底が現れています。エレナは橋の上で少し立ち止まります。塀の外を歩いていたときは塀が宮の境界でしたが、中ではこの橋のほうが境界のように感じられます。ここからが本当の中だと、石が言っているようです。

橋を渡ると、前にもうひとつ門があります。中和門。正殿へ入る門です。画面の中で宮殿の場面は、たいていこの二番目の門の内側から始まります。門の外の道、最初の門、橋 — その手前のものはあまり映りません。エレナは今日、そのあまり映らないものを全部通ってきました。
中和門を抜けて — 庭に立つ
中和殿は徳寿宮の正殿です。1902年に重層で建てられましたが、1904年の大火で焼け、1層の規模で建て直されました。階段の答道には他の正殿の鳳凰とは違い龍が二頭刻まれており(大韓帝国宣布後の皇帝の象徴)、庭の左右には品階石が置かれています。正門の中和門は同時に建てられ、どちらも1985年に宝物に指定されました(宮陵遺跡本部)。
中和門を抜けると庭が開けます。庭の向こうに中和殿があり、庭の左右に石が列をなして立っています。品階石。朝会などの儀式のとき、官吏が品階に従って立つ位置を示していた石です。エレナは庭の真ん中へすぐには行きません。門の内側に立って、まず全体を見ます。 地図で探す

最初の感じは「低い」です。エレナが画面で見慣れた正殿は、屋根が重なって上がっていく姿でした。下の屋根の上にもうひとつ屋根が載っていて、人はその前で首を反らさなければなりませんでした。中和殿の屋根はひとつです。首を反らさなくても、屋根の端まで全部見えます。
理由は案内にあります。中和殿は1902年に、ほかの宮の正殿のように重層で建てられました。ところが1904年に大きな火事で焼けてしまい、建て直すときには一層の規模で建てました。つまり現在の中和殿は、1902年に最初に建てられた姿より一層低い正殿です。画面が見せる「大きくて高い正殿」は、この庭には最初からなかったのではなく、一度あって、なくなったものです。
エレナは品階石の列に沿って歩きます。石は片側に一列ずつ、庭の真ん中の道をはさんで向かい合って立っています。画面の中でこの石はいつも背景でした。官吏が並び、カメラはその後ろをなでるように通り過ぎました。今日この庭には並ぶ人がいないので、石は背景ではなく、ただの石として立っています。

庭の真ん中の道の先に階段があり、階段の真ん中に斜めの石板があります。答道と呼びます。エレナが今日見に来たのは、実はこれです。
階段の前で — 鳳凰ではなく龍が二頭
宮陵遺跡本部は、中和殿の答道がほかの正殿と違って鳳凰ではなく龍二頭で飾られていると説明しています。その理由も一緒に書いてあります。この建物は1897年に大韓帝国を宣布したあとに建てられ、皇帝を象徴する龍を飾ったのだと。 地図で探す

エレナは階段の下に立って石板を見ます。触らず、上りません。階段は上るためではなく、見るためにあるように感じられます。二頭の龍がどちらを向いているか、体がどう巻いているかは、ここでは書きません。それは立って見る人のものです。

ここで今日の問いが解けます。この正殿を宮の真ん中にしているのは高さではありません。屋根はひとつで、首を反らす必要もありません。その代わり、階段の答道にはほかの正殿とは違う二頭の龍が刻まれています。格は上に積んだものではなく、足元に刻んだものでした。
画面はこれを見せにくい。答道は階段の真ん中に斜めに横たわる石で、人がその前に立たないと見えません。正殿を見上げるカメラは、その石を通り過ぎて屋根へ行きます。エレナが四回歩いてここまで来た理由が、屋根ではなくこの石の前に立つためだったのだと、いま分かります。
ノートを開きます。書くのは二行です。屋根はひとつ。龍は二頭。

庭の端で — 屋根をもうひとつ見て、また門へ
昔御堂は即阼堂とともに徳寿宮の母体となった建物で、創建年代は分かっていません。徳寿宮に残る唯一の2階建てで、丹青(彩色)を施していません(宮陵遺跡本部)。
庭を出る前に、エレナはもう一度見回します。中和殿の後ろ、屋根の向こうに別の屋根がひとつ見えます。色がありません。宮の建物は柱や軒に色を塗りますが、その屋根の下は木の色のままです。昔御堂。案内によれば徳寿宮に残る唯一の2階建てで、丹青を施していない建物です。 地図で探す

エレナはそちらへは行きません。今日の場所はこの庭ひとつです。2階建てなのに色のない建物と、一層なのに龍を刻んだ建物が、ひとつの宮の中に一緒にあることだけを庭の端で確かめます。高さと格が別々に動くことを、この宮はふたつの建物で見せています。
品階石の列を逆に歩いて中和門へ戻ります。入るときは門の内側に立って庭を見て、出るときは門の外から振り返ります。中和殿は相変わらず低い。けれど今は、低いのではなく、ひとつ屋根なのだと見えます。同じ屋根なのに、名前が変わりました。

禁川橋を渡り、大漢門を抜けると、一回目の大通りです。エレナは門の外で左を見ます。塀が始まる場所。一回目に歩いていった方向です。五回がこの門の前でひと回りして、元の場所に戻ってきました。
貞洞のシリーズは、ここでいったん休みます。残っている場所はたくさんあります。昔御堂の前、石で建てた西洋式の建物、庭園と煙突。それは次に来る人の庭です。
塀の中の徳寿宮は、画面より低かった。そして低いことが小さいという意味ではないことを、階段の石ひとつが教えてくれました。屋根はひとつで、龍は二頭。エレナがノートに書いたのは、その二行です。
画面は宮殿を見上げさせます。歩いて入った人は足元を見ることになります。貞洞を五回歩いて最後に見たのが屋根ではなく階段だったこと — それがこのシリーズの答えです。

訪れるなら
市庁駅から大漢門を入って中和殿の前の庭を見て、同じ門から出てくるのに、40分から1時間を見ておいてください。ほかの殿閣まで見れば時間はもっとかかり、徒歩の時間は地図の経路計算値です。
順番を示す概念図 · 縮尺・方位・実際の道の形は表していません。
- 市庁駅 → 大漢門 — 1・2号線市庁駅2番出口から大漢門の前まで約122m、2分。宮陵遺跡本部の案内でも2番出口から徒歩2分です。切符は門の前で買います(大人1,000ウォン、訪問情報を参照)。 地図で探す
- 大漢門 → 禁川橋 → 中和門 — 門を抜けるとすぐ禁川橋、その先が中和門です。中和門の内側に立って、まず庭全体を見てください。 地図で探す
- 中和殿の前の庭 — 品階石の列に沿って歩き、階段の下から答道の龍二頭を見ます。階段には上りません。庭の端から、中和殿の後ろの色のない2階建ての屋根(昔御堂)を探してみてください。 地図で探す
- 中和門 → 大漢門 → 石垣道(一回目) — 同じ道で出ます。門の外で左が一回目の石垣道の始まりです。続けて歩けば美術館の前まで5分あまりです。 地図で探す
アクセス
確認 2026.09.21
1・2号線市庁駅2番出口から徒歩2分(宮陵遺跡本部「アクセス」)。駐車場はありません。
時間・料金
確認 2026.09.21
徳寿宮の観覧時間は09:00〜21:00(入場は20:00まで)、毎週月曜休宮です(月曜が祝日の場合は開放し、翌平日が休宮)。観覧料は大人1,000ウォン(韓国人は満25〜64歳、外国人は満19〜64歳)。毎週水曜日は無料です(美術館の観覧料は別)。駐車場はありません。
もっと知る1
TMAP確認 2026.09.21
市庁駅(1・2号線)2番出口から徳寿宮の大漢門前まで徒歩約122m、2分
- 09:00〜21:00(入場は20:00まで)、月曜休宮(祝日なら開放し、翌平日が休宮)。大人1,000ウォン(韓国人は満25〜64歳、外国人は満19〜64歳)。徳寿宮の一般観覧は毎週水曜日が無料です。美術館の観覧料は別です。駐車場はありません — 宮陵遺跡本部、2026年9月確認。
- 石造殿・惇徳殿・重眀殿は観覧時間が別で、石造殿は予約制の解説観覧です。この記事は中和殿の前の庭までを扱います。
- レジャーシート・ペット・酒類は持ち込めません(宮陵遺跡本部の観覧規則)。個人の撮影以外の撮影は許可事項なので、当日確かめてください。
- この記事の動線は、バリアフリー・段差のない経路として案内するものではありません。車いすやベビーカーを利用する場合は、宮陵遺跡本部の徳寿宮「観覧コース」の地図と設備案内を先に確認してください。


