SEOUL · DONGDAEMUN
興仁之門と甕城、車窓越しにしか見ていなかった東大門を2度見る
「鍾路・東大門」の第1回。リナは東大門の前を何度も通ったことがありますが、いつもバスの窓越しでした。

行き方
行き方の221m・3分は、東大門駅1番出口から興仁之門公園までの地図経路の計算値です。
「鍾路・東大門」の第1回です。前のイシューの最終回で、ノアは宗廟を歩きました。そこから鍾路を東へ進むと、漢陽都城の東の門があります。興仁之門、ふだんの呼び名では東大門です。
リナはソウルに何度も来ています。東大門の前も何度も通りました。空港バスの窓越しに、タクシーの窓越しに。そのたびに門は車の流れのどこかにふっと現れ、後ろへ消えていきました。リナは今回ようやく手帳に書きます。「東大門――ちゃんと見たことがない。」
今日は歩いて2度見ることにします。1度は道の向かいの歩道から、1度は門を見下ろす公園の上から。
道の真ん中にひとり立つ門
ソウル市「漢陽都城」サイト:1907年に興仁之門の左右の城壁が取り壊され、今の姿になりました。
地下鉄1・4号線東大門駅1番出口から興仁之門公園までは、地図経路で221m、3分。公園に上る前に、リナはまず道の向かいの歩道に立ちます。 地図で探す

門は広い道路の真ん中に島のように立っています。左右に続くはずの城壁がありません。ソウル市の漢陽都城サイトは、1907年に興仁之門の左右の城壁が取り壊され、今の姿になったと記しています。車窓から見ると門がいつも「車の流れの中にあった」理由はそれでした。
リナは手帳に線を1本引きます。門の両側に延びていたはずの城壁の場所です。そしてその線の上に書きます。「1907、ここで途切れる。」

この門だけではありません。国家遺産庁は、都城は太祖4年(1395)に築き始め、世宗4年(1422)に土で築いた部分をすべて石で積み直したと記しています。そして日本統治期に都市計画を口実に城門と城壁が壊され、解放後と朝鮮戦争でさらに多くが破壊されたと続けます。リナが車窓から見ていたのは、その長い壁から切り離されて一つだけ残った門でした。
半月形の壁
国家遺産庁の説明:興仁之門の外側には、門を守るため半円形の甕城(オンソン)が築かれています。興仁之門は都城の8つの城門の中で唯一、甕城を備えています。
道の向かいから見ると、門の前にもう一つ丸い石の壁があります。門を外側から半月のように囲む壁です。国家遺産庁はこれを甕城と呼び、門を守るために半円形に築いたと説明しています。そして興仁之門は、都城の8つの城門の中で唯一、甕城を備えています。 地図で探す

8つのうち1つだけ。リナはその一文で立ち止まります。なぜ東の門だけなのか。ソウル市の漢陽都城サイトの答えは地勢です。ソウルは西が高く東が低いため、軍事的には東大門が最も弱く、そのため東大門の外側にもう一つ甕城を築いたのだそうです。
国家遺産庁は、漢陽都城に4大門と4小門が置かれたと記しています。東の興仁之門、西の敦義門、南の崇礼門、北の粛靖門。リナは崇礼門を思い浮かべます。あの門の前には、こんな丸い壁はありませんでした。リナは手帳に半月を一つ描きます。

2層の屋根、1869年の門
国家遺産庁の説明:興仁之門は漢陽都城の8つの門のうち東の門で、一般に東大門と呼ばれます。太祖5年(1396)の都城築造時に建てられ、端宗元年(1453)に建て直され、今の門は高宗6年(1869)に新たに建てたものです。正面5間・側面2間の2階建てに寄棟屋根をのせ、柱の上にも柱の間にも組物を置く多包式で、細く装飾が多い点に朝鮮後期の特徴が表れています。
門の上には2層の楼閣がのっています。国家遺産庁の説明では、正面5間・側面2間の2階建てで、屋根は四方に傾斜する寄棟屋根です。 地図で探す

軒下を見上げると、木の部材がぎっしり詰まっています。柱の上だけでなく柱と柱の間にも組物を重ねた多包式です。国家遺産庁は、その形が細く装飾が多く、朝鮮後期の特徴をよく表していると記しています。

「朝鮮後期」には理由があります。興仁之門は太祖5年(1396)に都城を築いたとき最初に建てられ、端宗元年(1453)に建て直されましたが、今立っている門は高宗6年(1869)に新たに建てたものです。リナは1396と1869を並べて書き、その間を矢印で結びます。
上から見ると
ソウル市「私の手の中のソウル」市民記者の記事(2021年2月15日):興仁之門公園は2010年、旧梨花女子大学東大門病院の跡地につくられた公園で、興仁之門の東、駱山へ上る坂にあるため、高い所から甕城の内側が見えます。
門の東へ、駱山に向かって坂が上っています。興仁之門公園です。ソウル市「私の手の中のソウル」に載った2021年の市民記者の記事は、2010年に旧梨花女子大学東大門病院の跡地につくられた公園で、年中無休・常時開放、無料だと紹介しています。 地図で探す

坂を少し上ると目線が門と同じ高さになり、もう少し上ると門を見下ろすようになります。同じ記事は、この公園が高い所にあるため甕城の内側が見えると記しています。道の向かいからは丸い壁の外側しか見えませんでしたが、ここからは壁の中の丸い芝生が見えます。

リナは手帳の半月の絵を直します。道の向かいで描いたのは壁の外側の線だけでした。今度は内側の線をもう1本描き足します。公園の奥には、復元された城壁が駱山のほうへ続いています。

公園の一角には漢陽都城博物館があります。ソウル市の漢陽都城サイトは、旧東大門病院の一部を取り壊して建てたソウルデザイン支援センターの1〜3階に博物館があると記し、博物館サイトは火曜から日曜の午前9時から午後6時まで(入場は5時30分まで)、無料で開いていると案内しています。公園から城壁に沿って上ると駱山区間です。サイトには、恵化門から光熙門まで3.2km、徒歩約1時間30分、24時間開放とあります。リナはその数字を、次に歩く道として書きとめます。
日が傾くころ、リナは城壁に沿って公園の上のほうへ歩いていきます。今日わかったことは一つ。東大門は車窓から通り過ぎると門一つに見えますが、歩いて2度見ると、門と丸い壁の二重に見えます。8つの門の中でそんなふうに二重になっているのは、この門だけです。
リナのメモは短いものです。東大門は道の向かいから1度、公園の上から1度。丸い壁は上から見ないと内側が見えない。公園は2021年の記事ではいつでも開いている。

訪れるなら
東大門駅1番出口から、まず道の向かいの歩道で興仁之門を見て、それから興仁之門公園に上って甕城を見下ろすコースです。221m・3分は1番出口から興仁之門公園までの地図経路の計算値です。門は道路の真ん中にあるので、横断歩道で渡ります。
順番を示す概念図 · 縮尺・方位・実際の道の形を表すものではありません。
アクセス
TMAP確認 2026.09.24
地下鉄1・4号線東大門駅1番出口から興仁之門公園まで、地図経路で221m・3分(TMAP徒歩経路の計算値)。
ソウル市「私の手の中のソウル」市民記者の記事(2021年2月15日)確認 2026.09.24
興仁之門公園は年中無休・常時開放で、入場料はありません。
ソウル市「漢陽都城」サイト確認 2026.09.24
駱山区間は24時間開放されています。長寿村と梨花村を通るときは、住民に迷惑をかけないよう配慮が必要です。
時間・料金
漢陽都城博物館サイト確認 2026.09.24
火〜日曜09:00〜18:00(入場17:30まで)、1月1日と月曜休館(月曜が祝日なら開館)。観覧は無料です。
もっと知る9
ソウル市「私の手の中のソウル」市民記者の記事(2021年2月15日)確認 2026.09.24
興仁之門公園は2010年、旧梨花女子大学東大門病院の跡地につくられた公園で、興仁之門の東、駱山へ上る坂にあるため、高い所から甕城の内側が見えます。
国家遺産庁の説明確認 2026.09.24
興仁之門は漢陽都城の8つの門のうち東の門で、一般に東大門と呼ばれます。太祖5年(1396)の都城築造時に建てられ、端宗元年(1453)に建て直され、今の門は高宗6年(1869)に新たに建てたものです。正面5間・側面2間の2階建てに寄棟屋根をのせ、柱の上にも柱の間にも組物を置く多包式で、細く装飾が多い点に朝鮮後期の特徴が表れています。
国家遺産庁の説明確認 2026.09.24
興仁之門の外側には、門を守るため半円形の甕城(オンソン)が築かれています。興仁之門は都城の8つの城門の中で唯一、甕城を備えています。
ソウル市「漢陽都城」サイト確認 2026.09.24
ソウルの地勢は西が高く東が低いため、軍事的には東大門が最も弱く、そのため東大門の外側にもう一つ甕城を築きました。
ソウル市「漢陽都城」サイト確認 2026.09.24
1907年に興仁之門の左右の城壁が取り壊され、今の姿になりました。
国家遺産庁の説明確認 2026.09.24
漢陽都城には4大門と4小門が置かれました。4大門は東の興仁之門、西の敦義門、南の崇礼門、北の粛靖門です。東大門にだけ、門を二重に守る甕城が築かれました。
国家遺産庁の説明確認 2026.09.24
太祖4年(1395)に都城築造都監を設けて城郭を築き、世宗4年(1422)に土で築いた部分をすべて石で積み直しました。日本統治期には都市計画を口実に城門と城壁が壊され、解放後と朝鮮戦争でさらに多くが破壊されました。
ソウル市「漢陽都城」サイト確認 2026.09.24
漢陽都城博物館は、梨花女子大学附属東大門病院の一部を取り壊して建てたソウルデザイン支援センターの1〜3階にあります。
ソウル市「漢陽都城」サイト確認 2026.09.24
駱山区間は恵化門から駱山を越え、興仁之門を経て光熙門まで続く3.2km、徒歩約1時間30分の区間です。
- 興仁之門公園は年中無休・常時開放で無料だと、ソウル市「私の手の中のソウル」2021年の市民記者の記事にあります(現在の運営は訪問前に確認を)。公園内の漢陽都城博物館は火〜日09:00〜18:00(入場17:30まで)、1月1日と月曜(祝日の月曜は開館)休館、無料です(漢陽都城博物館、2026年9月24日確認)。
- この記事では、道路を挟んだ歩道と興仁之門公園から、門と甕城を眺める動線を案内します。
- 門は交通島の上にあります。道を渡るときは横断歩道を利用してください。


