SEOUL · ROOM OF QUIET CONTEMPLATION
思惟空間、二度目は半跏思惟像のまわりを歩く
リナが二村駅からまっすぐ国立中央博物館の常設展示館2階へ上がり、暗い進入路をゆっくり抜けて、6世紀と7世紀の2体の半跏思惟像を左と右に分けて見る土曜日の夕方
「龍山」第2回。国立中央博物館の常設展示館2階にある「思惟空間」は、2021年11月12日に開いた439㎡の展示室で、国宝の半跏思惟像2体が並んで置かれています。それまで2体を独立した空間でそろって展示したのは3回だけでした。初めて来たときは各階を回り、ほとんど最後にこの部屋にたどり着いたリナ。今回は、この一部屋だけを見に来ます。

行き方
地図アプリの徒歩経路(TMAP)の計算値で、終点は博物館の地図上の代表地点です(思惟空間までではありません)。博物館のウェブサイトは、二村駅2番出口方面の「博物館ナドゥルキル」から西門へ向かう道を案内しています。
「龍山」の第2回。第1回でルルは、国立中央博物館の建物と開かれた広場、鏡池を、友だちに見せる順番で書きとめました。今回は同じ建物の2階、ひとつの部屋に長くとどまります。
リナは同じ場所に二度来る人です。一度目は全体を、二度目は一度目に見落としたものを。この博物館に初めて来たとき、リナは1階から3階まで順番に歩き、思惟空間にはほとんど最後にたどり着きました。2体の前に立ったころには、目より先に足が疲れていました。
土曜日の夕方6時。水曜と土曜は夜9時まで開いています。リナは手帳の一行目に書きます。「今日はひと部屋。正面だけでなく、まわりまで」。
二村駅からまっすぐ2階へ
地下鉄4号線二村(イチョン)駅2番出口から国立中央博物館(地図の代表地点)まで、地図経路で547m・8分(TMAP徒歩経路の計算値)。思惟空間までの距離ではない。
道のりは第1回と同じです。博物館のウェブサイトが案内しているのは、地下鉄4号線と京義・中央線の二村(イチョン)駅から、2番出口方面の「博物館ナドゥルキル」を通って博物館の西門へ向かう道。地図アプリの徒歩経路では、2番出口から博物館まで547m、8分です。ただしこの値の終点は地図上の博物館の代表地点で、建物に入って2階の部屋まで歩く分は別に足す必要があります。 地図で見る
前回のリナは、入口に近い1階の展示室から順に入っていきました。今回は中に入るとすぐ、上の階へ。博物館の常設展示室フロア案内は、2階に書画館・寄贈館と並べて「思惟空間」を置き、国宝の半跏思惟像2点が並べて展示された空間だと紹介しています。

同じページには、いま休室している部屋の一覧もあります。3階の仏教彫刻室と金属工芸室、2階の仏教絵画室と木漆工芸室、書画室の2室が、2027年1月28日まで休室。9月29日に確認したこの一覧に、思惟空間は入っていません。それでもリナは手帳の端に書いておきます。「次も、行く前にまず休室のお知らせ」。
暗さに目を慣らす長い進入路
国立中央博物館の2021年の報道資料:展示室は建築家チェ・ウク(ワンオーワン・アーキテクツ代表)との協業で完成し、博物館が展示室づくりで建築家と協業したのは初めて。小劇場ほどの空間に、闇を通り抜ける進入路、わずかに傾いた展示室の床と壁、かすかにきらめく天井を構想した。メディアアート映像を設けた長い進入路は、暗い室内に目を少しずつ慣らすための移行空間で、観覧者は半跏思惟像と向き合ったあと、楕円形の展示台に沿って全体の姿を鑑賞するよう導かれる。説明文は最小限にし、作品解説と空間の説明は展示室の壁のQRコードで提供する。
博物館の2021年の報道資料によると、思惟空間が開いたのはその年の11月12日。従来の観覧動線から離れ、常設展示館2階に439㎡の規模で新しくつくった展示室です。建築家チェ・ウク(ワンオーワン・アーキテクツ代表)と組んでつくり、博物館が展示室づくりで建築家と協業したのはこれが初めてだったと、報道資料は書いています。 地図で見る

報道資料はこの部屋を、小劇場ほどの空間と呼びます。建築家が構想したのは、闇を通り抜ける進入路、わずかに傾いた展示室の床と壁、かすかにきらめく天井。メディアアートの映像を設けた長い進入路は、暗い室内に少しずつ目を慣らすための移行空間だという説明もついています。
初めて来たとき、リナはこの通路を足早に抜けました。奥に何があるか、もう知っていたからです。今回は歩幅を落とします。明るい廊下から連れてきた目が暗さに追いつくまで、壁ぎわに寄ってゆっくりと。床が傾いているという一文は読んできましたが、足の裏でその傾きを感じ分けられるかどうかはわかりません。

展示品の説明文を最小限にした、とも報道資料は書いています。作品解説と空間の説明は展示室の壁のQRコードで提供するというのが、2021年の案内です。リナはスマートフォンを出さないことにします。
左は6世紀、右は7世紀
国立中央博物館「思惟空間」の案内冊子:展示室の左の金銅半跏思惟像は三国時代6世紀後半、高さ81.5cm、重さ37.6kg。鋭い鼻筋とはっきりした目もと、華やかな装身具と整った衣のひだが特徴で、肩の上で左右にひるがえる天衣が躍動感を与える。2体は似て見えるが、表情も衣装も、大きさと重さも、制作時期もすべて異なる。
部屋の奥に、2体が並んでいます。思惟空間のページの説明では、2体とも左ひざに右足をのせ、右手の指をそっとほおに当てて深い思いにふける姿。博物館の案内冊子は、2体は似て見えるが、表情も衣装も、大きさと重さも、制作時期もすべて違うと書き添えています。初めて来たときのリナの手帳には、「半跏思惟像2体」の一行しかありませんでした。今日はページを二つの欄に分けます。 地図で見る
左の欄。案内冊子によると、展示室の左の像は三国時代の6世紀後半に作られ、高さ81.5cm、重さ37.6kg。鋭い鼻筋とはっきりした目もと、華やかな装身具と整った衣のひだが特徴で、肩の上の天衣が左右にひるがえっています。

右の欄。それより少し遅い7世紀前半の像で、高さ90.8cm、重さ112.2kg。上半身には何もまとわず、三つの半円からなる宝冠と二連の丸い首飾りが簡潔です。リナは二つの欄の数字を並べて、もう一度読みます。背丈の差は10cmもないのに、重さは3倍近く違います。

国家遺産庁の解説は、高さを少し違う値で書いています。華やかな冠の像は80cm、三面が丸い山の形の冠の像は93.5cm。博物館の案内冊子にある冠の説明と国家遺産庁の記述を照合すると、展示室左の像は国家遺産庁の1962-1、右の像は1962-2に対応すると読めます。この対応は二つの資料を突き合わせた編集上の判断です。この記事の数字は、博物館の案内冊子に従いました。国家遺産庁の目録によると、2体は1962年12月20日、同じ日に国宝に指定されています。
楕円形の展示台に沿って後ろへ
国家遺産庁:金銅弥勒菩薩半跏思惟像(1962-2)は国宝で、1962年12月20日に指定された。高さ93.5cmで、国立中央博物館のもう1体の金銅弥勒菩薩半跏思惟像とともに国内最大の金銅半跏思惟像。三面が丸い山の形の冠をかぶるため「三山半跏思惟像」とも呼ばれる。上半身は何もまとわず、首に二連の首飾りがある。頭の後ろには長いほぞがあり、光背を差していたことがわかる。
2021年の報道資料によると、この展示室は、観覧者がゆっくり入って半跏思惟像と向き合ったあと、楕円形の展示台に沿って全体の姿を鑑賞できるようにつくられました。初めて来たとき、リナは2体を正面からしか見ませんでした。今日、手帳に書いてきたのは後ろ側です。 地図で見る

国家遺産庁の解説によると、1962-2の像(上の照合では右の像)は三面が丸い山の形の冠をかぶっているので、「三山半跏思惟像」とも呼ばれます。頭の後ろには長いほぞがあり、光背を差していたことがわかるそうです。1962-1の像(照合では左の像)については、頭の後ろに痕跡が残るだけで、光背は失われているとあります。二つの解説が指しているのは、どちらも頭の後ろ。
リナは展示台から一歩離れたまま、まわりをゆっくり歩きます。
案内冊子の説明では、2体には三国時代の最先端の鋳造技術が込められています。厚さ0.2〜1.0cmほどで、1mに近い大きさの金銅の像をつくり出したそうです。リナは右の欄の112.2kgをもう一度見ます。薄い金銅の体が、どうしてその重さになるのか。答えの代わりに、疑問符をひとつ描いておきます。
1912年、別々に入ってきた2体
国立中央博物館「思惟空間」の案内冊子:2体をいつどこで作り、どこでどのように見つかったのかは、まだはっきりわかっていない。展示室右の像は1912年に李王家博物館が日本人の古美術商から2,600ウォンで購入し、左の像は同じ年に朝鮮総督府が収集家に4,000ウォンを補償して購入し、1916年に朝鮮総督府博物館に入った。朝鮮総督府博物館は1945年に国立博物館が引き継ぎ、李王家博物館(徳寿宮美術館)の所蔵品は1969年に国立博物館に統合された。右の像は新羅で作られたと推定されている。
案内冊子によると、2体をいつどこで作り、どこでどのように見つかったのかは、まだはっきりわかっていません。そのかわり、博物館に入ってきた道筋は残っています。右の像は1912年、李王家博物館が日本人の古美術商から2,600ウォンで購入したもの。左の像は同じ年に朝鮮総督府が収集家に4,000ウォンを補償して購入し、1916年に朝鮮総督府博物館に入りました。案内冊子は1912年の金額を「2,600ウォン」「4,000ウォン」と記しています。本稿では資料の単位をそのまま示し、現在の貨幣価値には換算しません。 地図で見る
暗い部屋では、字がうまく書けません。リナはいったん外に出て、廊下の窓ぎわで二つの金額を書き写します。2,600ウォンと4,000ウォン。同じ年に、別々の場所から入ってきた2体です。

二つの場所は、のちにひとつになります。朝鮮総督府博物館は1945年に国立博物館が引き継ぎ、李王家博物館(徳寿宮美術館)の所蔵品は1969年に国立博物館に統合されました。国家遺産庁の解説は、1962-1の像(照合では左の像)の経緯を「日本人が入手して朝鮮総督府に寄贈した」と、別の形で書いています。案内冊子は、右の像を新羅で作られたものと推定しています。
2021年の報道資料によると、2体を独立した空間でそろって展示したのは、それまで1986年、2004年、2015年の3回だけでした。この部屋を開いたことで、これからはいつでも2体を一緒に見られるようになった、と博物館は書いています。思惟空間のページには、お願いもひとつ。静かな観覧のため、団体での解説は控えてほしいというものです。
8時が近づくころ、リナはもう一度部屋に入り、それから進入路を逆にたどって出てきます。二度目に来て新しく書いたことは三つ。暗さに目を慣らす通路、背丈よりも重さがずっと大きく違う2体、そして正面からはわからなかった頭の後ろの話。
次の回では、マヤが博物館のとなりの龍山家族公園へ出ていきます。リナは手帳を閉じる前に、一行だけ書き足します。「次は昼に。同じ部屋、違う時間」。

自分の夕方に置き換えてみる
二村駅2番出口から博物館ナドゥルキルを通って来て、休室のお知らせを確かめ、常設展示館2階の思惟空間へまっすぐ上がり、進入路をゆっくり歩いて、2体を左と右に分けて見たあと、楕円形の展示台に沿ってまわりをひと回りする編集部の提案です。
順番を示す概念図です · 縮尺・方位・実際の道の形は表していません。
アクセス
TMAP確認 2026.09.29
地下鉄4号線二村(イチョン)駅2番出口から国立中央博物館(地図の代表地点)まで、地図経路で547m・8分(TMAP徒歩経路の計算値)。思惟空間までの距離ではない。
国立中央博物館ウェブサイトのアクセス案内確認 2026.09.29
地下鉄4号線・京義・中央線の二村駅2番出口方面の「博物館ナドゥルキル」から博物館の西門へ。
時間・料金
国立中央博物館の2021年の報道資料確認 2026.09.29
11月12日から常設展示館2階に展示室「思惟空間」を開館した。従来の観覧動線から離れて439㎡の新しい展示室をつくり、名称も「思惟空間」とした。
国立中央博物館の観覧案内確認 2026.09.29
月・火・木・金・日曜日 9:30〜17:30(入場は17:00まで)、水・土曜日 9:30〜21:00(入場は20:30まで)。入場締め切りは閉館30分前。毎年3・6・9・12月の第1月曜日は常設展示館の定期休室日で、2026年は6月1日・9月7日・12月7日。
利用のきまり
国立中央博物館の観覧時の注意事項確認 2026.09.29
フラッシュ・三脚・自撮り棒・ジンバルなどを使った撮影と商業目的の撮影は禁止。リュックサック・通学かばんは1階のロッカーに預ける。
もっと知る11
国立中央博物館・常設展示室のフロア案内確認 2026.09.29
「思惟空間」は2階(書画館・寄贈館と同じ階)にあり、国宝の半跏思惟像2点が並べて展示されている。常設展示室は誰でも無料。同じページの休室案内(3階の仏教彫刻室・金属工芸室・「空間_サイ」、2階の仏教絵画室・木漆工芸室 2026年7月6日〜2027年1月28日、2階の書画室202-3・4号 2026年8月10日〜2027年1月28日)に思惟空間は含まれない。
国立中央博物館の2021年の報道資料確認 2026.09.29
2体の半跏思惟像を独立した空間で並べて展示したことはごくまれだった(計3回、1986年・2004年・2015年)。これからはいつでも2体を鑑賞できるようになった。
国立中央博物館の2021年の報道資料確認 2026.09.29
展示室は建築家チェ・ウク(ワンオーワン・アーキテクツ代表)との協業で完成し、博物館が展示室づくりで建築家と協業したのは初めて。小劇場ほどの空間に、闇を通り抜ける進入路、わずかに傾いた展示室の床と壁、かすかにきらめく天井を構想した。メディアアート映像を設けた長い進入路は、暗い室内に目を少しずつ慣らすための移行空間で、観覧者は半跏思惟像と向き合ったあと、楕円形の展示台に沿って全体の姿を鑑賞するよう導かれる。説明文は最小限にし、作品解説と空間の説明は展示室の壁のQRコードで提供する。
国立中央博物館の2021年の報道資料確認 2026.09.29
静かで快適な観覧のため、観覧者が集中した場合は同時入場の人数を制限することもある。
国立中央博物館「思惟空間」のページ確認 2026.09.29
三国時代の6世紀後半と7世紀前半に作られた国宝の半跏思惟像2点を並べて展示する空間で、暗く静かな廊下を抜けると、左ひざに右足をのせ、右手の指をそっとほおに当てて深い思いにふける半跏思惟像に出会える。静かな観覧のため、団体での解説は控えてほしい。
国立中央博物館「思惟空間」の案内冊子確認 2026.09.29
展示室の左の金銅半跏思惟像は三国時代6世紀後半、高さ81.5cm、重さ37.6kg。鋭い鼻筋とはっきりした目もと、華やかな装身具と整った衣のひだが特徴で、肩の上で左右にひるがえる天衣が躍動感を与える。2体は似て見えるが、表情も衣装も、大きさと重さも、制作時期もすべて異なる。
国立中央博物館「思惟空間」の案内冊子確認 2026.09.29
展示室の右の金銅半跏思惟像は三国時代7世紀前半、高さ90.8cm、重さ112.2kg。何もまとわない上半身、三つの半円からなる宝冠、二連の丸い首飾りという簡潔で抑えた様式で、ひざ下の衣のひだは波打つように流れ落ちる。
国立中央博物館「思惟空間」の案内冊子確認 2026.09.29
2体の半跏思惟像には三国時代の最先端の鋳造技術が込められている。案内冊子は厚さを約0.2〜1.0cm、大きさを1m近くと記している。
国立中央博物館「思惟空間」の案内冊子確認 2026.09.29
2体をいつどこで作り、どこでどのように見つかったのかは、まだはっきりわかっていない。展示室右の像は1912年に李王家博物館が日本人の古美術商から2,600ウォンで購入し、左の像は同じ年に朝鮮総督府が収集家に4,000ウォンを補償して購入し、1916年に朝鮮総督府博物館に入った。朝鮮総督府博物館は1945年に国立博物館が引き継ぎ、李王家博物館(徳寿宮美術館)の所蔵品は1969年に国立博物館に統合された。右の像は新羅で作られたと推定されている。
国家遺産庁確認 2026.09.29
金銅弥勒菩薩半跏思惟像(1962-1)は国宝で、1962年12月20日に指定された。高さは80cm。1912年に日本人が入手して朝鮮総督府に寄贈したものが、1916年に総督府博物館へ移された。頭には華やかな冠をかぶり、頭の後ろには痕跡が残るだけで光背は失われている。
国家遺産庁確認 2026.09.29
金銅弥勒菩薩半跏思惟像(1962-2)は国宝で、1962年12月20日に指定された。高さ93.5cmで、国立中央博物館のもう1体の金銅弥勒菩薩半跏思惟像とともに国内最大の金銅半跏思惟像。三面が丸い山の形の冠をかぶるため「三山半跏思惟像」とも呼ばれる。上半身は何もまとわず、首に二連の首飾りがある。頭の後ろには長いほぞがあり、光背を差していたことがわかる。
- 観覧時間は月・火・木・金・日曜日9:30〜17:30、水・土曜日9:30〜21:00で、入場は閉館30分前まで。毎年3・6・9・12月の第1月曜日は常設展示館の定期休室日で、2026年に残っているのは12月7日です(国立中央博物館ウェブサイト、2026年9月29日確認)。
- フラッシュ・三脚・自撮り棒・ジンバルを使った撮影と商業目的の撮影は、館内全体で禁止です。リュックサックと通学かばんは1階のロッカーに預けます。
- 思惟空間のページは、静かな観覧のため団体での解説は控えるよう求めています。2021年の報道資料では、混雑時に同時入場者数を制限する場合があると案内されていました。
- 2体の高さは、博物館の案内冊子(81.5cm・90.8cm)と国家遺産庁の解説(80cm・93.5cm)で異なります。本文は博物館の案内冊子に従いました。2体の姿は公開されている解説をもとに再構成したもので、細部まで実物と同じではありません。


